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生成 AI (HAQM Bedrock と HAQM Q Developer) を活用した製造業スマート製品開発の新しいかたち-Part1 顧客体験とサービス運営力の向上

はじめに

製造業では、モノ(ハードウェア)を中心とした売り切り型のビジネスから、スマートな製品、すなわちモノを起点に顧客と繋がり、コト(サービス)を提供するビジネスへの転換が叫ばれています。各企業は、ビジネスモデルの転換、ソフトウェアへのこれまで以上の注力、顧客との直接接点、販売開始後の継続的改善などのまったく新しい取り組みを進めることが喫緊の課題となっています。

急速に進歩する生成 AIは、こうした取り組みを推進する強力なテクノロジーであり、顧客に合わせた体験を提供することで製品そのものを差別化し、ソフトウェアの開発に活用することで、生産性やスピードを大きく向上することができます。

本ブログでは、AWS Summit Japan 2025製造 EXPO において AWS のソリューションアーキテクトが開発したデモを題材に、生成 AI が製造業のスマート製品開発をどのように変えていくのかを論じます。

本ブログは2部構成になっており、1部ではスマート製品の課題と、生成 AI のスマート製品における利用者・運営者への価値について記述し、第2部では開発加速について記載します。

製造業におけるスマート製品の価値と課題

従来のビジネスモデルでは、製造業の企業は既存市場に対して長い開発サイクルで製品を提供し、最終的な利用者よりも販売・流通に製品を大量の一括供給することで収益を得てきました。

図: スマート製品(コト売り)における価値

一方、スマート製品においては、小さなプロダクトを素早く世の中に出し、顧客の支持を得て継続的な収益を元にビジネスを拡大していきます。ユーザーの満足度がビジネス成果に直結するため、個客に合わせたサービスの提供、市場の声に基づく修正や機能追加などを継続的に行う必要があります。そのため、サービスの利用状況のデータを積極的に収集し、それを元にビジネスの改善や、製品の継続的・短周期の更新を実現するメカニズムを新たに作る必要があります。

  • 利用者の視点
    • パーソナライズされた機能提供
    • 製品機能の継続的な改善・拡充
  • 運営者の視点
    • 加入(サブスクリプション)の管理、会員管理、支払いなど
    • 顧客の声や利用状況など、サービスの状況の把握
    • ビジネス目標 (KPI) の達成状況の把握
  • 開発者の視点
    • ソフトウェアの遠隔更新
    • 製品への組み込みを含むソフトウェア開発・テストの効率化 (DevOps)

スマート製品文脈での生成 AI の進歩とクラウドの価値

生成 AI の進歩はスマート製品に大きな影響を与えつつあります。ほんの1年ほど前には、モデルの知識や既存文書を元にした Q&A のアプリケーションが主流でした。昨今、モデルとの情報の授受が標準化されてユーザーのデータを生成AIで分析することが容易になり、システムに組み込まれた複数の生成AI機能を統合してユーザーに提供するマルチエージェント技術が登場しました。これらによりパーソナライズされたアドバイスや顧客体験を実現する方法が進化しています。
また、ライブコーディングへの応用によりソフトウェア開発を大きく加速する強力なテクノロジーとしても進化し続けています。

これまでも、調達の速さ、従量課金、超大規模なシステムへの拡張性、また様々な SaaS 製品との組み合わせが容易であるといった AWS クラウドの特性は、スマート製品の実現に最適でした。さらに、生成 AI の時代においては、 1) 生成AIが活用する様々な種類・拠点・開発プロセスのデータを集約できること、 2) 進歩し続ける生成AI技術をすぐに試し、活用できることが、更に重要な要素になってきています。

今回、 AWS Summit における製造 EXPO の展示テーマである e-Bike (電動自転車)をスマート製品と見立て、 AWS クラウドと生成 AI が顧客価値・開発加速の両方をご提案する2つのソリューションデモを作成しました。

生成 AI を活用した顧客価値: 顧客体験向上とビジネス判断の迅速化

2つのデモは、 e-Bike を製造しサブスクリプションサービスを運営する企業を題材に、製品の利用者顧客がパーソナライズされた提案をリアルタイムに受ける「 e-Bike プロダクトデモ」と、 e-Bike のビジネスの運営者へ生成 AI を活用した管理アプリがサービス運営と経営計画に対する価値提案を行う「 e-Bike サービスダッシュボード」です。

いずれも、デモの開発には設計・コーディング等に生成AIをフル活用しており、その詳細については後編でご紹介します。

ソリューションデモ1: AI エージェントが実現するスマート製品の新体験

「 e-Bike プロダクトデモ」は、 AWS クラウドとエッジコンピューティングを融合させた次世代のスマート製品体験を提案します。デモでは、複数の AI エージェントがライダーをリアルタイムでサポートし、顧客体験を最大化します。 e-Bike に搭載される 7インチタッチスクリーン HMI (表示機器) に、AWS IoT Greengrass を搭載して、取得したセンサーデータや外部データを元に、 HAQM Bedrock によりパーソナライズされたアドバイスや UI の提供を実現しています。

1-1. AI エージェントによる顧客体験の改善

e-Bike でより快適な走行体験を実現するためには、ライダーの状況に応じた適切なアドバイスとタイミングの良い情報提供が不可欠です。従来のシステムでは、センサーデータに基づく数値的な異常検知や、事前に定義されたルールに基づくアラートは可能でした。しかし、ライダーの経験レベルや目的、その時々の体調、天候といった複雑な状況を総合的に判断し、個々のライダーにパーソナライズされたアドバイスを提供することは技術的に困難でした。また、 HMI の情報提供内容についても、例えば効率的なサイクリングに集中したいと考えた時にケイデンスやトルクといった必要情報を柔軟に表示させるためには走行を中断して手動で設定を変更する必要があり、シームレスな体験を妨げていました。

このデモでは、 e-Bike から取得したテレメトリーデータを複数の特化型 AI エージェントが分析・連携し、環境、ライダー、機器の状態を総合的に判断することで、個々のライダーの状況に応じたアドバイスの生成と画面表示の自動最適化を行います。

図: デモストーリー

状況に応じたアドバイス: e-Bike からケイデンス(走行距離)、速度、ペダリングのトルク、ギアレベルといった走行データをリアルタイムに AWS クラウドへ送信し、生成 AI エージェントが分析を行います。ライダーの興味やリクエストに基づいて、これらの走行データに加え、天候や健康情報なども考慮した適切なアドバイスを提供します。例えば、ライダーから「効率的なペダリングフォームをアドバイスして」というリクエストを受けた場合、システムは直近のテレメトリーデータを分析します。右足のペダリングトルクが左足より大きくなっているような非効率な状況を検知した場合、 AI エージェントは「右足のトルクを少し抑えてみましょう」といった具体的なアドバイスを提供します。

このデモは、HAQM Bedrock Agents のマルチエージェントコラボレーション機能を活用しています。システムの中核となるスーパーバイザーエージェントは、ライダーから予め設定されたリクエスト(プロンプト)とテレメトリーデータを分析し、必要に応じて適切な専門エージェント (コーチングエージェント、健康エージェント、天候エージェント、メンテナンスエージェント) へタスクをルーティングします。これにより、状況に応じて最適化されたアドバイスを実現しています。

状況に応じた表示の自動最適化: 本システムでは、 AI のアドバイス内容に応じて HMI 表示を自動的に最適化することで、ライダーは走行を中断することなく必要な情報をリアルタイムで確認できるようになります。例えば、「左右のペダリングのトルク差があるので、均一にトルクをかけると効率が良いですよ」とアドバイスされた場合、「右トルク」と「左トルク」をテレメトリーに出してくれます。

この仕組みは、Model Context Protocol (MCP) を活用して HMI と生成 AI モデルを接続することで実現され、プログラム等を開発しなくても HMI 表示を自動的に最適化することができています。具体的には、 HAQM Bedrock によるアドバイス内容に基づき、状況に適したテレメトリー表示の指定と HMI 表示の自動制御を行っています。同じ仕組みを用いて、アシストレベルの調整といった応用も可能です。

図: HMI 画面

図: デモ1のアーキテクチャ

ソリューションデモ2 : AI が導くスマートフリート管理とビジネス改善

ソリューションデモの2つめはサービス運営に焦点を当てています。「 e-Bike サービスダッシュボード」は、サブスクリプションモデルで運営される e-Bike フリート管理と経営改善アドバイスをするデモです。各 e-Bike の位置とステータスを一目で把握できるとともに、 AI がデータドリブンな意思決定をサポートします。このダッシュボードによりサービス管理者はサービス品質の向上と収益性の最適化を同時に実現できます。

図: e-Bikeサービスダッシュボードのしくみ

2-1. 生成 AI を活用したサービス運営・経営の改善

スマート製品フリートを一元管理することでサービスの運営状況を一目で把握できます。また、生成 AI がスマート製品の利用状況や各種 KPI を元にビジネス状況を分析し改善施策をレポートします。サービスダッシュボードは以下の機能を持ちます。

デバイスフリートの管理: ダッシュボードは e-Bike 全体の稼働状況を一目で把握できます。総台数、稼働中、充電中、メンテナンス中の台数をダッシュボードに表示し、個々の e-Bike の詳細情報も一覧で確認できます。多様な条件でのフィルタリングやソートが可能なため、効率的なフリート管理が可能です。また、地図上に e-Bike の現在位置を表示するマップビューで、空間的な状況を把握できます。ステータスに応じたマーカーを確認し、詳細情報もクリックひとつで表示できるので、バッテリー残量やメンテナンス状況を即座に把握できます。さらに、充電ステーションの位置も地図上に表示されるため、 e-Bike 配置の最適化にも活用できます。このように、フリート管理コンソールは、 e-Bike の利用状況を一元的に管理し、迅速な判断と効率的な運用を可能にします。

ビジネス指標の可視化: ビジネス KPI を一目で把握できるダッシュボードは、意思決定の中心となります。稼働率、平均利用時間、顧客満足度など 8 つの重要指標をコンパクトなカード形式で表示し、目標達成状況をプログレスバーで視覚化します。複合時系列グラフでは、稼働率・退会率・新規入会率を重ね合わせて表示し、ビジネストレンドの相関関係を把握できます。さらにカスタマーボイスの傾向やテレメトリデータの統計も一目で確認することが可能です。

AI 分析による改善施策能: HAQM Bedrock を活用した AI 分析機能は、現在のデータをもとにビジネス目標達成のための改善策を自動生成します。この処理は定期的に AWS Lambda が起動して HAQM S3 上に HTML 形式の分析レポートを出力します。データ更新時と定期実行(1日1回)により、常に最新の分析結果を確認できます。この機能については次の章で詳しく解説します。

図: デバイスフリート管理(開発中のものです)

2-2. 生成 AI によるビジネス改善レポートの仕組み

e-Bike サービスダッシュボードの中核機能である生成 AI によるビジネス分析レポートは、 HAQM Bedrock を活用してスマート製品のビジネス状況を自動的に分析し、データに基づいた改善提案を生成するデモです。下の例のように、個々の運営者の現在の状況に合わせ洞察に富んだ分析内容を提供します。

図: AI 分析によるビジネス改善レポート(開発中のものです)

e-Bike フリートから収集される様々なデータを統合的に分析します。リアルタイムテレメトリーデータ、顧客の利用パターン、機器の稼働状況、バッテリー状態、位置情報といった IoT データに加えて、カスタマーボイス、サブスクリプション状況、収益データなどのビジネスメトリクスを組み合わせて包括的な分析を実施します。

図: AI分析機能のしくみ

AI エージェントは、これらの構造化データと非構造化データを同時に処理し、ビジネス目標である KPI 達成に向けた課題の特定と改善施策の提案を行います。例えば、稼働率の低下傾向が検出された場合、同時期の利用者フィードバック、気象データ、競合サービスの動向などを関連付けて分析し、根本原因の推定と効果的な対策案を自動生成します。

e-Bike サービスダッシュボードは、リアルタイムデータ分析、地理空間情報の可視化、 AI による改善提案を統合することで、フリート管理者はデータドリブンな意思決定を行い、事業者に対してパーソナライズされたアドバイスを提供し、サービス品質向上と収益性最適化を達成できます。

第一部のまとめと第二部の紹介

このブログでは、製造業における生成 AI ( HAQM BedrockHAQM Q Developer ) を活用したスマート製品開発の新しい形について、 AWS Summit Japan 2025 の製造 EXPOで展示された e-Bike デモを題材に解説しました。

第二部では、生成 AI を活用した製品開発ライフサイクルの改善手法とその効果について、このデモ開発で培った知識と経験を紹介します。

このブログは AWS Japan のソリューションアーキテクト 吉川晃平、村松 謙、山本 直志、西田 光彦が共同で執筆しました。ソリューションデモは執筆者たちと中西 貴大が開発しました。